03. クム・オブライエン
[7/22/2008] Posted by 所長
本イベントの打ち合わせにクム・オブライエンに会いに行った。
場所は、ケ・カイ・オ・カヒキがショーを担当する、オアフ南西部のパライダス・コーヴ・ルアウ。
クム オブライエン向こうからゆっくりと歩いてくる。
まるでサンセットを身にまとっているように、ある種のオーラを放っていた。
「どうぞ、お座りください」

私たちに着席を促し、一通りの挨拶が終わったころ、ゆっくりとフラとの出会いを話し始めた。
「それはずっと昔。私はコミックフラをしていたんです」
誰もが耳を疑った。
「そのときは、もっと太っていたんです。400ポンドあったんですよ」
今も立派な体躯なのだが、400ポンドはすごい。
約180kgなので、幕下時代の小錦くらいある。
何も知らない私たちのために、フラとの出会いから、記憶を紐解くように順を追って話してしてくれた。
そのコミックフラグループとは、
ダリル・ヌペルイ、タデュー・ウィルソン、オブライエン・エセル、ジョン・カミカウア
この4人で始めたメン・オブ・ワイマープナで、のちに、多くの人を魅了することになる。
すごい話を聞いているという実感がある。
私はものすごくドキドキした。
メンバーのダデューの母方のおばにあたるケホオ・オダは、コミック・フラを踊るオブライエンをみて、いち早くその才能を見抜き、きちんとハワイ文化を学ぶように、そして指導者になるように彼を説得したそうだ。
「どうするか決めなさい」
彼は、非常に悩んだそうだが、文化を受け継ぐ強い志が彼の中に芽生えるのもそんなに時間はかからなかった。
彼はケホオ・オダからフラを教わることになるが、それはハワイ文化そのものを教わることだった。
ケホオ・オダに説得され、道を一筋に決めたころ、ハワイには、ハワイ語を話す子供はほとんどいなかった。
「そう、ほどんどいなかった」
何度も呟いた。
今は、たくさんの人がハワイ語を話すことができる。
「それがとても嬉しい」
歴史の中で奪われたハワイ語は、今、徐々に回復しつつある。
もう、公用語としての役目は終わったが、文化を残すため、ハワイアンの意志を継ぐ形としては、ある一定のところまで来たのではないだろうか。
彼のハラウの特徴は力強いカネカヒコである。
鍛え上げられた肉体に、洗練された動きは他と一線を画す。

「フラの女性人口に比べ、男性のフラ人口は少ないのでは。そのことについてはどう思われるか」と伺うと、穏やかなクムがバン!と机を叩いて言う。
「陸があって海がある。空があって大地がある。男がいて、女がいる」
日本でのkaneダンサーの数と、wahineダンサーの数のバランスが悪いことを、非常に嘆いていた。だから彼は、kane-kahikoを極める。それはフラの起源なのだ。
「彼女を見てごらん」
指先には、パラダイスコーヴの舞台で繊細に踊る、wahineのソロダンサーがいる。

日本の人も頑張れば彼女くらいに踊れるようになる。
でも、そうなるためには何年もの期間が必要だ。
「そう、何年も、何年も」

時間と歴史、その2つは同じようで実は相反することもある。
時間は歴史を奪うこともあるのだ。
ハワイ人から、言葉や踊りを奪ったように。
男性からフラを奪ったのかもしれない。
クムはその時間と歴史を紡ぎ、そして失ったものを取り戻す崇高な職業である。
彼はまさしく「Ke Kumu」なのだ。




