10. ハワイ島学生日誌(6)
[9/16/2008] Posted by マヒナ研究員
Aloha kakaou! みなさん こんにちは!
Pehea `oukou` (ぺヘア・オウコウ) みなさんお元気ですか?
今週は盛りだくさんの週でした。

日本で大人気のシグ・ゼーンのお店がヒロのダウンタウンにありますが、そのとなりにコーヒーとカヴァを出すお店があるのをご存知ですか?最近ここのお店が、毎週火曜日に「カレッジ・ナイト」というイベントを始めました。19時~21時の間、お店の前でハワイアンミュージックの演奏があります。実はうちのハワイ語の先生のバンドが演奏しています。先週始めて行ったら知った顔ばかりで、うちのカレッジのハワイ学科の先生や学部のスタッフ、生徒が集まっていました。
またこのカレッジ・ナイトでは、学生はカヴァを1ドル引きで購入できます。カヴァ (Kava、ハワイ語では`awa) はコショウ科の植物で、古代ハワイで儀式や医療で使われていました。根っこの部分を乾燥させ、それに水を交ぜて抽出された泥水のようなものを飲みます。飲むと軽く舌がしびれた感じになるのが特徴です。
そしてもうひとつ毎週火曜に行われているイベントが、UH(ハワイ大学)のハワイ語クラブが主催するハワイ語ナイト。UHのプラネタリウムがある施設、イミロアでハワイ語のみで話す会があります。PuPu(ちょっとしたおつまみ)を食べながら皆ハワイ語で話したり、歌を歌ったり、ゲームをしたりしています。
カヴァのお店に行く前にこの会に参加してきましたが、参加者の9割がハワイアンの血が入った生徒達でした。他にアメリカ本土の生徒一人と、日本人は私一人でした。ハワイではどういう人が流暢なハワイ語を話せるかというと、ハワイ語のみの教育を行う学校(幼稚園から高校まで)に通った生徒、大学でハワイ語を専門に学ぶ人などです。それ以外のほとんどの人は簡単な単語は知っていても話すことができません。
ハワイでは、1800年の後半に西洋の大きな力に負けてハワイ王朝がなくなり、ハワイ語を話すことも、ハワイの文化的慣習を続けることも固く禁じられました。以来、家庭でも学校でもハワイ語が禁じられたため、どんどんハワイ語を話す機会がなくなり、皆、徐々にハワイ語を忘れていきました。1940年代に入る頃には、ほとんどの若い世代は英語しか話せなくなっていました。ニイハウ島だけは別で、個人の所有する島だったために西洋化の波に呑まれることなく、今でもハワイ語が第一言語として話されています。 また田舎の方では白人の監視の目も少なかったようで、田舎のお年寄り達はハワイ語で育ってきたため今でもハワイ語を話すことができます。
ハワイアンの今の状況は、沖縄の人と同じような状態なのかもしれません。若い沖縄の世代は流暢なウチナ-グチ(沖縄語)が話せなくても 簡単な単語は知っています。そういった中、音楽で言葉と文化が復活してきているのはハワイも沖縄も一緒だなと感じます。
そう、金曜の夜は楽しみにしていた、HapaのメンバーのNathan Aweau(ネーサン・アヴェアウ)のコンサートに行ってきました!
会場はヒロのダウンタウンにあるPalaceという古い小さな劇場。チケットも20ドルというハワイ価格でした。このPalaceでは普段 から映画やライブといろいろ催していますが、さすがNathan Aweauとあってこの日は後ろまでたくさんのお客さんが入っていました。
全席自由席だったんですが、ラッキーなことに友人家族が最前列にいたので、一番前の席でNathanの歌とフラダンサーの踊りを堪能しました。茶目っ気たっぷりなトークに会場は爆笑の渦に包まれていましたが、歌が始まると皆その優しい歌声にうっとりしていました。
コンサート後に思わず彼のCDを2枚購入してしまいましたが、ちゃんとサインももらってきました。ハワイではコンサート後にだいたい本人がCD売り場に来てサインをしてくれるのも身近な感じがして嬉しいです。





