ミス・アロハ・フラが踊った「カ・マカニ・カーイリ・アロハ」

2006年、荒川静香選手がトリノ・オリンピックでフィギュアスケート金メダルを獲得しました。当時のインタビューで、開会式で世界的なテノール歌手パバロッティが「誰も寝てはならぬ」を歌うのを聴いて、荒川さんは“追い風が自分に吹いている”と心強さを感じたと語っていました。彼女がフリーで使う曲と同じだったからです。

今年、ミス・アロハ・フラの栄冠を手にしたケイリィ・カイウラニ・カーさん。身長173㎝、すらりと手足が長く、きりっとした顔立ちの美しい人。そういう厳しい戦いで勝利したカイウラニさんもまた、運命の曲と出合っていました。それが、アウアナで踊った「カ・マカニ・カーイリ・アロハ」。一途な恋心を歌ったラブソングの名作です。

この曲を選んだのは、カイウラニさんのクムフラ(フラの先生)のケアノとロノ。もともとドラマチックで強さを見せるフラが得意だったカイウラニさんを、あえて“彼女らしくない曲”に挑戦させたそうです。とくに純粋なラブソングは、作り笑顔では観客を感動させられません。ダンサーの曲に対する愛や内面が踊りに表れて、はじめて見る人の心に届く…そんな難しい曲でした。

そして2人のクムフラも当日まで知らされなかったのですが、この曲はカイウラニさんにとって、まさに運命の曲だったのです。クムたちが曲を決めた日、カイウラニさんが帰宅して母親にアウアナで踊る曲名を告げると、母親が涙を流して喜んだといいます。その理由を聞いてカイウラニさんもびっくり。その曲は、両親の結婚式で父のために母が踊った思い出の曲でした。

それから3カ月間、そのことをカイウラニさんは胸に秘め、この愛の歌をどう自分なりに踊れるか、一生懸命に向き合ったそうです。大会当日にそれを聞いたクムフラたちは顎が落ちるほど驚きましたが、彼女のフラが日に日に“彼女のもの”になっていくのも感じていて、ああ、だからか…と思ったと話していました。

 

ライタープロフィール
プロフィール: 瀬戸みゆき
グラフィックデザイン学校卒業後、編集プロダクションに勤務し、旅と味のジャンルで編集者&記者に。その後、ハワイ専門季刊誌編集を経て、ハワイへ留学。約14年間、ハワイに住んで旅行誌と雑誌作りに携わる。2001年からはフラ専門誌「フラレア」でも、ハワイ文化とフラの取材、執筆を続けている。また、12年前からアンティ・マリー・ルーと娘ポーレットより学んだフェザーレイ作りの楽しさと奥深さにハマり、フェザーレイ制作を続けながら、講習も開催。